熊谷6人殺害事件、ペルー人の被告に無期懲役判決!死んだ司法

熊谷6人連続殺害事件は、おぞましい連続殺人事件

2015年9月に埼玉県熊谷市に起きた「熊谷6人連続殺害事件」

サラダ製造工場に派遣社員を2日前に辞め無職となったペルー人のナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン(当時30歳)が、3日間の間に、

第1犯行 住宅内の夫婦2名を殺害

第2犯行 自宅にいた独身女性1名を殺害

第3の犯行 住宅にいた女児(10歳と)と母親を殺害・女児の下着に被告の精液

の犯行を行ったとされる事件。

犯人は否認していましたが、ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告の犯行は物証などが十分立証され冤罪の可能性はない事件です。

無関係に強盗に押し入って6名を殺害したナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告へに下された判決がなんと無期懲役。

2019年12月東京高裁(大熊一之裁判長)は1審の裁判員裁判で下された死刑判決を破棄し、無期懲役判決を言い渡したのです。

 

なぜ死刑判決が覆ったのか?

6人も殺してなぜ死刑じゃないのか?

端的に言うと、第二審の東京高裁は、犯人の精神状態の異常性を刑法の責任規定である「心神耗弱」として認定。その結果、刑を減刑して死刑から無期懲役に減刑されたわけです。

たしかに犯人は、犯行前から犯行後、裁判中と意味不明な言動を繰り返していますが、「誰かに殺される」という妄想で、犯行で夫婦や幼い女児を殺害することと何ら関連性がありません。

これでは、犯罪をして捕まっても意味不明なことを口走っておけば刑が軽くなるという前例を作ってしまったようなものです。

国民の一般的な感情が大事だと裁判員制度を取り一審で死刑判決になったにもかかわらず、第二審では裁判員無しでひたすら被告の精神の異常性だけを議論し、形式的に刑法の責任規定を適用し、判決を覆す司法。

現在の日本の司法は、形式主義に陥り死んだ司法となっていることを示しています。

 

家族がいる男性は考えてみてください、ある日、家族が平穏に過ごす過程にわけのわからないことを言っている30歳の男が包丁をもって押し入り、妻と10歳の女児を殺害。女児に至っては、手を縛られ、口をテープで塞がれ、下着には精液。

この男が死刑ではなく、無期懲役。理由は頭のおかしい男だから人を殺しても減刑します。これで納得するのですかね?

というか死刑判決を覆した大熊一之裁判官は、自分の妻や子供がこのペルー人に強盗強姦で殺されても死刑ではなく無期懲役の判決を下すのでしょうか?

ぜひ聞いてみたい質問であります。

 

犯人の兄は、ペルーの大殺人犯「死の使徒」

余談になりますが、この熊谷連続殺人事件の犯人であるナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタンの兄であるペドロ・パブロ・ナカダ・ルデニャは、ペルーで35人を殺害しうち、17人について有罪が立証された連続殺人犯です。

あまりに多くの殺人をおこなったため「死の使途」と呼ばれています。

 

ペルーでは、この17人殺害の有罪が認定されても刑が35年の禁固刑でした。死刑制度が無いのしょうがないとしても、17人殺して35年ってことに驚きますね。

日本の刑事裁判では量刑が軽いの判決が多く憂いていますが、日本よりも命が軽く評価されているような。

この死の使途は、60歳台でまた社会に出てきますがどうなるのやら・・・。

 

経済の都合で労働移民を入れて死ぬのは10歳の少女

最後に触れておきますが。

日本の政治(自民党)や経済界は、地方の低賃金労働力を確保するため、実習生名目で海外からの低賃金の労働移民を認めています。

実際は単純労働者ですが、実習生名目つまり習う立場なので給料は少ないという、企業のためのご都合主義の制度。

この制度によって、海外の貧しい人々や、様々事情のある人が日本にやってきて都合よく使われます。

日本人(守銭奴の経済界や政治家にですが)に搾取され貧しい彼らが、犯罪に走る因果は非常に大きいです。このような状況を放置する政治家たちを国民の方々は見ないふりし続けるのでしょうか?

10歳の女の子は、殺される時にどんな思いを感じ段でしょうね?

色々切ないです。

 

#熊谷連続殺人事件 #熊谷6人殺害事件


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